絶滅の前に、命の大繁栄があった――カンブリア爆発と、その”前夜”の化石

地球史

第1〜3回では、地球史に刻まれた「大量絶滅」を追いかけてきました。氷河期、超巨大火山、小惑星、そして酸素そのもの。命が失われていく話が続きました。 今回は少し視点を変えます。絶滅の話ではなく、命が一気に増えた話です。約5億3900万年前ごろから始まったとされる「カンブリア爆発」——ほとんどの動物のグループが、地質学的にはほんの一瞬のうちに化石として現れ始めた出来事です。そして2026年、この爆発が実は「爆発」と呼べるほど突然だったのかを問い直す発見が、中国から報告されました。 — ## カンブリア爆発とは何か カンブリア爆発は、約5億3900万年前に始まったとされるカンブリア紀の初期に起きた、動物の急速な多様化のことです。それまで地球の生き物のほとんどは、クラゲのような単純な体のつくりのものが中心でした。ところがカンブリア紀に入ると、目や脚、殻、口といった複雑な体の部品を持つ動物たちが、化石の記録の上では一気に現れます。 地球カレンダー(46億年を1年に圧縮した換算)で見ると、この出来事はおよそ11月18日ごろにあたります。ビッグファイブの最初の絶滅(オルドビス紀末、11月27日ごろ)よりも、10日ほど前の出来事です。爆発そのものが続いた期間は、研究によって幅がありますが、地球カレンダーではわずか1〜2日ほどに圧縮されてしまいます。「爆発」という呼び名がふさわしいほどの短さです。 ## なぜ「爆発」に見えたのか ただし、この「爆発」という言葉には、少し注意が必要です。 カンブリア紀の前の時代であるエディアカラ紀にも、体の大きな多細胞生物が現れる時期がありました。ところが、エディアカラ紀の化石とカンブリア紀の化石は、見た目も残り方もかなり違います。エディアカラ紀の化石の多くは、砂岩の表面に残った”跡”のようなもので、カンブリア紀のような殻や脚を持つ動物の姿とはかけ離れています。この見た目の断絶が、「カンブリア紀に入った瞬間に、動物が一斉に生まれた」という印象を強めてきた面がありました。 裏を返せば、もしエディアカラ紀の地層にも、カンブリア紀っぽい動物の化石がたまたま見つかれば、この「断絶」の印象は変わるかもしれません。そして2026年、まさにそういう発見が報告されました。 ## 2026年、中国で見つかった”つなぎ目”の化石 2026年4月、雲南大学とオックスフォード大学などの国際研究チームが、中国・雲南省にある「江川生物群」と呼ばれる地層から、700点を超える化石を報告しました。年代は約5億5400万〜5億3900万年前、つまりカンブリア紀が始まる直前のエディアカラ紀末にあたります。 この化石の何が特別なのか。理由は保存のされ方にあります。江川生物群の化石は、炭素の薄い膜として残っており、これはエディアカラ紀の化石としては珍しく、カンブリア紀の有名な化石産地「バージェス頁岩」に近い残り方です。おかげで、体の外見だけでなく、消化管や摂食のための器官、体を動かすための構造といった細部まで観察できたといいます。 そしてこの地層から、それまでカンブリア紀にならないと現れないとされていた仲間の化石が、複数見つかりました。左右対称の体を持つミミズのような動物、初期のクシクラゲの仲間とみられる化石、そして最も注目されたのが、私たちヒトを含む「新口動物」というグループに近いとみられる化石です。研究チームは、これをヒトデやギボシムシに近い仲間(アンブラクラリア)の祖先型と解釈しており、もしこの解釈が正しければ、脊椎動物につながる系統の起源も、この時代までさかのぼることになります。 なぜこうした化石が、これまで他のエディアカラ紀の地層では見つかってこなかったのか。共著者の一人は、それは実際にいなかったからではなく、保存条件の違いによるものかもしれないと述べています。江川生物群のような残り方をする地層自体が、この時代としては珍しいというわけです。 ## 「爆発」ではなく「移行」だったのかもしれない この発見が示すのは、動物の複雑化がカンブリア紀に入った瞬間に始まったのではなく、その前のエディアカラ紀末からすでに進んでいた可能性です。研究チームは、この化石群を「エディアカラ紀からカンブリア紀への”移行”を示す群集」だと位置づけています。 もっとも、これは一つの化石産地からの報告であり、しかも化石の分類そのものが解釈にもとづいています。触手の形など、細部の特徴をどう読むかによって、この化石が本当に新口動物の仲間なのかという点には、慎重な検討の余地も残っています。「カンブリア爆発は実は前から始まっていた」と言い切るには、今後さらに他の地層からの裏付けが必要になりそうです。 ## それでも「爆発」的だった時期はあった 一方で、カンブリア紀に入ってから動物の多様化がとりわけ活発だった時期があったことも、別の研究から分かっています。シベリアの地層を調べた2019年の研究では、約5億2400万〜5億1400万年前という、地球カレンダーではエディアカラ紀末からわずか1〜2日後にあたる期間に、大気や海の酸素濃度が何度も急上昇と急降下を繰り返し、そのたびに動物の多様性が増減していたことが示されています。この研究は、酸素の変動が動物の多様化を後押しした可能性を指摘していますが、酸素が果たした役割についてはまだ議論が続いている、と研究者自身も述べています。 つまり、「動物の複雑化がいつ始まったのか」と「なぜ爆発的に増えたのか」は、別々の問いのようです。始まりの時期については2026年の発見がエディアカラ紀末まで押し戻し、爆発的な増加の背景については酸素という候補が挙がっている、という段階と言えそうです。 — ## おわりに:絶滅と繁栄は、地続きだった 第1回で見た通り、地球カレンダーでは11月18日ごろに動物の複雑化が始まり、そのわずか10日ほど後の11月27日ごろには、最初の大量絶滅(オルドビス紀末)が待っていました。命が大きく増えた直後に、命が大きく失われる——この振れ幅の大きさこそが、地球史の面白さなのかもしれません。 そして、江川生物群で見つかった新口動物の祖先型が正しければ、私たちヒトにつながる系統は、すでにこの時代の海に存在していたことになります。5億年以上前の泥の中に残された小さな化石が、今この記事を読んでいる私たちの、もっとも遠い祖先の姿なのかもしれません。 第1回「[地球は5回滅びかけていた。そして今、6回目が進行中]」、第2回「ペルム紀末の大量絶滅はなぜ「史上最大」になったのか?」、第3回「酸素は「毒」だった――大酸化イベントは、本当に地球最初の「大量絶滅」だったのか?」、第4回「太陽より”年上”の彗星?――2025年、地球をかすめていった”よそ者”の正体」もあわせてどうぞ。 — ### 参考文献 – Li, G. et al. (2026) *The dawn of the Phanerozoic: a transitional fauna from the late Ediacaran of Southwest China.* Science 392(6793), 63–68. – He, T. et al. (2019) *Possible links between extreme oxygen perturbations and the Cambrian radiation of animals.* Nature Geoscience 12, 468–474. – University of Oxford (2026) *Spectacular fossil treasure trove pushes back origins of complex animals.* (Press release, 2026年4月2日) #カンブリア爆発 #エディアカラ紀 #大量絶滅 #地球史 #古生物 #科学がすき

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