酸素は「毒」だった――大酸化イベントは、本当に地球最初の「大量絶滅」だったのか?

前回・前々回では、地球史に刻まれた5回の大量絶滅「ビッグファイブ」と、その中でも最大規模だったペルム紀末の絶滅を見てきました。そして前回の最後に触れたのが、「進行中の6回目の大量絶滅は、氷河期でも火山でも小惑星でもなく、人類という一つの生物種の活動が原因である」という点でした。

実はこれ、地球史上初めての出来事ではありません。今から遡ること約24億年前、たった一種類の微生物が地球の大気を作り変え、当時の生態系に壊滅的な打撃を与えたとされる出来事があります。「大酸化イベント」、あるいは「酸素の大惨事」とも呼ばれるこの出来事です。

地球カレンダー(46億年を1年に圧縮した換算)で見ると、ビッグファイブはすべて11月末以降に起きた「最近」の出来事でした。それに対して大酸化イベントは、諸説ありますが6月下旬〜7月上旬ごろ。生命が地球環境を大きく変えてしまうという営みは、私たちが思う以上に古くから繰り返されてきたことになります。

今回はこの大酸化イベントについて、「定番のストーリー」と、そこに最新研究が突きつけている「実はよくわかっていない」という実態の両方を見ていきます。


定番のストーリー:酸素を出す生物の登場

大酸化イベント(Great Oxidation Event、GOE)は、シアノバクテリア(藍藻)と呼ばれる微生物が光合成によって酸素を作り出し始めたことがきっかけとされています。太陽光と水を使って酸素を放出するこの仕組みが広がった結果、それまでほとんど酸素のなかった大気に、約24億年前ごろから酸素が蓄積し始めたと考えられています。

当時の生物のほとんどは、酸素のない環境で生きる「嫌気性生物」でした。酸素は彼らにとってはむしろ有毒な物質であり、酸素濃度の上昇によって嫌気性生物の多くが姿を消したとされ、これが「地球史上最初の大量絶滅」と呼ばれることがあります。

もう一つの大きな変化が気候でした。それまでの大気には温室効果ガスであるメタンが比較的多く含まれており、これが太陽がまだ暗かった時代の地球を暖めていたと考えられています。メタンは同じ量でも二酸化炭素よりずっと強力な温室効果を持つガスです。酸素が増えるとこのメタンが酸化されて二酸化炭素と水に変わり、大気全体の温室効果は正味で弱まりました。その結果、地球は急激に寒冷化し、「ヒューロニアン氷河期」と呼ばれる、推定で3億年近くにも及ぶ超長期の氷河期に突入したとされています。

シアノバクテリア → 酸素の蓄積 → 嫌気性生物の絶滅 → メタン減少による寒冷化 → 超長期の氷河期、という一直線のストーリー。これが一般に語られる大酸化イベントの姿です。

しかし、2026年の最新レビューが暴く「実はよくわかっていない」実態

ここからが本題です。2026年4月に学術誌『Communications Earth & Environment』に掲載された大規模レビュー論文では、大酸化イベント研究のほぼ100年分の蓄積を振り返った上で、率直にこう指摘しています。当時の大気中の酸素濃度についての推定値は、研究によって実に4桁(1万倍)もの開きがあり、いつ始まりいつ終わったのかについてすら、研究者の間で明確な合意がないというのです。

さらに、大酸化イベントの最中に何回の氷河期(その一部は全球凍結だったとも言われます)が起きたのか、それが本当に地球全体を覆うものだったのかについても、決着はついていません。つまり「シアノバクテリアが酸素を出し始め、一直線に大量絶滅と全球凍結に至った」というストーリーは、実際にはかなり単純化されたものである可能性が高いのです。これは前回見た「ペルム紀末の絶滅も、単純な一撃ではなく複数要因の複雑な連鎖だった」という構図と、どこか重なって見えます。

大酸化イベントより前に、すでに酸素はあった?

話をさらにややこしくしているのが、「本番」の大酸化イベントより数億年も前から、酸素が一時的に存在していた痕跡が見つかっているという報告です。2007年に発表された研究を皮切りに、約25億年前の岩石に酸素の”気配”(whiff of oxygen)を示す痕跡が報告され、これをめぐって「本当に酸素があった証拠なのか」という再検証と反論が今も続いています。加えて、約29億年前の浅い海の環境が局所的に酸化していたことを示唆する証拠も、近年いくつか報告されています。

2026年2月に発表されたMIT主導の研究は、この議論に別の角度から光を当てました。現在の好気性生物(酸素を使って呼吸する生物)のほとんどが持つ、酸素を消費するための酵素の起源を系統樹をたどって推定したところ、その起源は大酸化イベントよりも数億年前、約32億〜28億年前の時代にまで遡るというのです。つまり、シアノバクテリアが酸素を作り始めてほどなくして、その酸素を「消費する」側の生物も進化していた可能性があるということになります。研究チームは、こうした微生物がシアノバクテリアの近くで発生したばかりの酸素をすぐに消費してしまい、結果として大気中に酸素が蓄積するスピードを、数億年にわたって遅らせていたのではないかと考察しています。

なぜこんなに”遅れた”のか

シアノバクテリアの出現時期は約29億年前と推定されることが多く、そこから大気中に酸素が定着するまでには、実に6億年近い開きがあります。「酸素を出す生物がいたのに、なぜこれほど長く大気は酸素で満たされなかったのか」という謎に対しては、複数の仮説が並立しています。

  • 海中のリン(栄養塩)が不足しており、光合成生物の総量そのものが頭打ちだった
  • オゾン層がまだ形成されておらず、強い紫外線を避けるためシアノバクテリアが光の弱い深い場所に留まらざるを得なかった
  • マントルから噴出する還元的な火山ガスが、発生した酸素を片端から消費し続けていた

そしてここに、2025年11月に発表された岡山大学の研究チームによる実験結果が加わります。研究チームは原始地球の環境を模した実験室内で、シアノバクテリアの一種を培養し、ニッケルと尿素という2つの物質の濃度を変えながらその増殖の様子を観察しました。その結果、初期の地球ではニッケルと尿素が比較的豊富に存在しており、これがシアノバクテリアの持続的な増殖を妨げていた可能性が示されました。両者の濃度がある時点から低下したことで、シアノバクテリアがようやく安定して繁殖できるようになり、それが大酸化イベントの引き金の一つになったのではないか、というのがこの研究の見立てです。

それは本当に「大量絶滅」と呼べるのか

ここまで見てきた「酸素は嫌気性生物にとって毒だった」という話は、確かに理にかなってはいます。ただし注意しておきたいのは、大酸化イベントは通常、顕生代(約5億4000万年前以降)に限定して数えられる従来の「大量絶滅」のリストには含まれていないという点です。

絶滅そのものを直接示す化石記録があるわけではなく、根拠とされているのは硫酸塩鉱物などに残された同位体の記録です。たとえば大酸化イベントの終盤に見られる「ロマグンディ・ジャトゥリ・イベント」と呼ばれる炭素同位体の大きな変動が終わる時期、生物圏全体の生産量が8割以上も急減したのではないかという解釈を示す研究があります。ただしこれはあくまで同位体データから間接的に推定された「生物圏の規模の縮小」であり、また、この炭素同位体変動そのものをどう解釈すべきかという点自体、前述の2026年のレビュー論文でも意見が分かれる論点として扱われています。

「酸素が地球最初の大量絶滅を引き起こした」と言い切ってしまうのは簡単ですが、その根拠がどのような性質のものかを丁寧に見ていくと、まだ検証の途上にある部分が多いというのが実態のようです。

おわりに:生命が環境を作り変え、自らを追い詰める構造

シアノバクテリアという一つの生物が地球全体の大気組成を変え、当時の生態系を大きく揺さぶった大酸化イベント。そして現在、人類という一つの生物種の活動が、地球規模の環境変化を引き起こしているとされる「進行中の6回目の大量絶滅」。この二つは、「特定の生物の活動が地球環境そのものを変えてしまう」という点で、確かにどこか似た構造を持っています。

ただし、大きな違いもあります。大酸化イベントは、少なくとも数億年という気の遠くなるような時間をかけて進行した変化でした。一方、産業革命以降に人類が地球環境に影響を与え始めてからの時間は、地球カレンダーに換算するとわずか2秒ほどです。同じ「生命が環境を変える」という出来事でも、そのスピードはまったく異なります。この違いが何を意味するのか——それもまた、考えてみる価値のある問いかもしれません。

第1回「地球は5回滅びかけていた。そして今、6回目が進行中」、第2回「ペルム紀末の大量絶滅はなぜ「史上最大」になったのか?」もあわせてどうぞ。


参考文献

  • Crockford, P. W. et al. (2026) Revisiting the greatness of Earth’s great oxidation. Communications Earth & Environment 7, 348.
  • Anbar, A. D. et al. (2007) A whiff of oxygen before the Great Oxidation Event? Science 317, 1903–1906.
  • Husain, F., Shang, H., Louca, S., Fournier, G. P. (2026) Molecular clock evidence for an Archean diversification of heme-copper oxygen reductase enzymes. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology.
  • Ratnayake, D. M., Tanaka, R., Nakamura, E. (2025) Biogeochemical impact of nickel and urea in the great oxidation event. Communications Earth & Environment 6.
  • Hodgskiss, M. S. W. et al. (2019) A productivity collapse to end Earth’s Great Oxidation. PNAS 116, 17207–17212.
  • Kopp, R. E. et al. (2005) The Paleoproterozoic snowball Earth: A climate disaster triggered by the evolution of oxygenic photosynthesis. PNAS 102, 11131–11136.

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